なんの足しにもならない

140文字じゃ収まりきらない

人は青春時代の終焉を目の当たりにした時、一人ぼっちで空を覗く

こんにちは、峠野です。

 

 

突然ですが、この度生まれて初めて北海道に行きました。

美味しいものを食べまくるため、、、も勿論ありますが、それが今回の第一の目的ではありません。

嵐のライブに参加すること、それが私が北海道に行った理由です。

 

 

嵐、皆さんもご存知でしょうか。「国民的アイドル」と言われ始めて数年が経つ、5人組アイドルグループ。

今回のブログではそんな嵐と、しがないひとりのOLの私、峠野の話をします。

 

 

 

 

 

夢ならばどれほど良かったでしょう───

 

 

米津玄師が私の頭の中で一人で歌い始めました。傷付いたCDを再生するが如く、そのワンフレーズのみを幾度もリピートしました。

 

そう、「活動休止」を発表したあの日。

作り置きのおかずを作っていた時。

食材に火が通る待ち時間、片手間にTwitterを見たあの時。目に飛び込んできた、ライブドアニュースTwitter

 

 

「嵐活動休止を発表、リーダーの大野智は芸能界活動自体休止」

 

 

そんなニュアンスの一文が、私の心臓を抉り刺した──大袈裟ですが、まさしくそんな感覚に陥りました。頭は当然のごとく真っ白です。

 

 

 

 

私は料理をしながら歌う癖があるのですが、その時は、身体中に風をなびかせ嵐を巻き起こす歌でも、走り出して明日を迎えに行く歌でもなく、先ほどにも述べたように米津玄師のLemonを熱唱しました。最初は米津玄師本人が私の頭の中で歌っていましたが、それどころじゃねえと私が彼のマイクを奪い取りました。

 

それ以外には、この日のことについてあまり記憶がありません。

 

 

 

翌日から、しつこいくらいにそのニュースが流れました。

多分、ファン以外にはどうでもいいことだったでしょう。一度二度聞けばニュースなんて大体覚えます。それが幾度と繰り返され、その度に彼らの顔、歌、声が流れるわけですから、正直「鬱陶しい」という感情を抱く人もいたでしょう。

 

 

 

しかし、私は嵐本人の会見を何度も見た時点でも、どうしてもこのニュースがフェイクである、活動休止なんてするはずがない。

そう思えて仕方がなかったのです。

 

悲しみや怒り、虚しさと言った感情は一切なく、まさしく無。何も思うことがないわけではありませんが、感情についてはキャパオーバーを起こし一周まわったのか、何も抱くことはありませんでした。

 

 

そのうち今回私が参加したライブ、「5×20」、20周年のアニバーサリーツアーの追加公演の申し込みが開始しました。

何が何でも行きたかった私は、恐らく最も倍率が低いであろう日程を申し込み、無事勝ち取ることができました。

 

 

 

 

そして、5月17日。

私は彼らの姿を見て、歌を聴いて、言葉を受け取って、初めて感情が表に出てきたのです。

 

 

 

 

 

 

…遡ること約10年前。

嵐を好きになったのはもう少し前でしたが、ファンクラブに入りたいと思うほどに好きになったのは、2008年放送の大野智主演のドラマ「魔王」主題歌の「truth」のPVを観た時でした。

それまで嵐のシングル曲といえば「Happiness」だとか「きっと大丈夫」だとか、明るい曲が多かったにもかかわらず、「truth」の「明るくない」彼らの違う一面を見た私は完全に心を奪われました。

バラエティで騒いでいるいつもの嵐とのギャップにやられたのだと思います。

 

ジャニオタにはならないぞ、と何故か小学生の頃固く誓った覚えがありますが、いとも容易く堕ちました。

 

それからというもの、私の癒し、人生の中心は完全に嵐という存在になりました。

番組やらライブDVDなどを漁って観る日々。辛い時は彼らの曲を聴いて自分を鼓舞して。彼らの曲の歌詞の映画を翻訳したくてその単語だけ無駄に覚えたり。持ち物の色も青・赤・緑・黄・紫の五色を必ず揃えて(青が多め)。

そして中学3年になるとき、ようやく親の許しを得て、嵐のファンクラブに入会することができました。

 

 

 

私が嵐にハマってほんの少し経った、デビュー10周年のとき。世間でも嵐のブームが半端なかったのを覚えています。あの頃は楽しかったなあ。

 

 

 

初めてライブに行ったのは、ファンクラブに入会してすぐのツアー、「君と僕の見ている風景」の名古屋公演でした。

大好きな嵐が、ずっとずっと画面を通してしか見たことのなかった彼らが、目の前で踊っている、歌っている、喋っている、手を振ってくれる!…その感動はひとしおでした。

キラキラ輝いていて、本当に楽しくて楽しくて。ファンのマナーが悪すぎて松潤がキレたのは少しトラウマですが笑、夢のような時間を過ごしました。

現実感を完全に喪失した状態で帰宅し、その日たまたまテレビで放送していた「FNS歌謡祭」に出演している彼らを見たとき、同席した母親に「この人たちとさっき会ったんやね」と泣きながら言った覚えもあります。

 

 

 

高校になっても相変わらず嵐が大好きだった私は、同じような生活を送りました。

少し、いやだいぶ捻くれ拗らせた、私の中でのある意味黒歴史の時代である大学時代は、2次元に走ってしまったため前ほどの熱量はなかったものの、嵐のことは変わらず好きでした。

 

間違いなく、彼らは私の心の支えでした。

彼らは私の青春の大きな一部分でした。

 

 

社会人になっても、そうであるつもりでした。

中高時代ほどグッズ収集に力をいれないとしても、番組を欠かさず全て観ないとしても、私はずっと嵐のことを好きでいるはずでした。

 

 

でも実は、私の中で一つの区切りが必要なのではないかと思っていたのです。

趣味に年齢は関係ない、とよく言います。

人に迷惑をかけなければ好きでいても、何をしてもいいのだと。

でも、私はそれはどこでも罷り通るものではないと思っていました。

この「アイドル」界隈はまさしくその顕著な「例外」である、私の根本にはその考えがありました。

 

 

いつまで経ってもアイドルを追いかけるという行為について、きっと世間が許しても私が許せないのです。

この趣味は期間限定。若い時だけ楽しめるもの。

年齢を重ねれば重ねるほど、「何か」に対する「後ろめたさ」が重くのしかかってくる。

年齢を重ねているにもかかわらず、必死に何かをいつまでも追いかけている姿は「滑稽」で仕方がない。

悲しくもプライドが無駄に高い私は、自分自身がそうなることを許容することができません。

 

 

だからこそ、この趣味から卒業せねば。

 

 

社会人になって、ますますそう思いました。

嵐だけでなく、寄り道してハマった2次元もそうです。

 

 

そろそろ現実を見る時が来たのだ。

虚像のアイドルを追いかける期間はもうおしまいなのだ。

頭の中で警鐘が鳴り響きました。

 

 

そんな矢先の、活動休止。

ひょっとしたら、すぐに活動再開してくれるかもしれない。それはわからないけれど、私の区切りはこの時なのではないかと思いました。

 

 

 

そんなモチベーションで参加した今回のライブ。

結論として、もうずっとずっと涙が止まりませんでした。

 

 

アニバーサリーツアーということで、歴代シングル曲をたくさん歌ってくれたおかげでもあります。

 

学生時代の等身大の私が、確かにそこにいました。

そして、あの頃の思い出がそのまま私の中で色褪せることなく鮮明に蘇っていきました。

辛かったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと。活動休止発表からこの日までの感情だけでなく、嵐を好きになってからこの日までの感情。それは目まぐるしく、私の中をものすごいスピードで駆け巡ります。

 

私の記憶は曲と強く結びついています。その出来事があったときに自分がよく聴いていた曲が、記憶とペアになるのです。

だから、本当に辛い時に聞いた曲は聴けなくなるときもあります(例・back numberのわたがしなど)。嵐の曲でそこまでになったものはありませんが、2012年発売の「ワイルドアットハート」およびそのカップリング曲を聞くと、どうしてもモヤモヤとしてしまうぐらいです。

とある曲を聞けば、それを聴いていた時の記憶が鮮明に蘇る。だから、大切な思い出ばかりの中高時代、2008〜2013年あたりの曲を聴くと、切なくて愛おしくて寂しくてたまらなくなるのです。

まして、それを10年前でなく、今の嵐が歌っている。

 

 

ああ、嵐は本当に私の青春だったんだ。

青春時代を彼らと共に過ごしてきたんだ。

一緒に歳をとってきたんだ。

 

 

ライブ終了後、第一に思ったことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこれが、私の青春時代の終焉でした。

 

 

 

 

 

23歳、今年24歳にもなる女が青春なんて何を言っている、とうに終了しているだろう、と思われるかもしれません。

青春時代に終わりはない、という意見もあるとは思います。

 

 

でも、私の青春は、活動休止について、彼らがライブ中言及し、私のこの耳で聞いたあの瞬間までは確かに続いていたのです。

そして、それは同時に終わったのです。

 

 

 

 

 

 

なんだか自分でもよくわかりませんが、嵐のライブに行ったのに、いつの間にか自分の記憶の旅になってしまっていました。

ひょっとしたら、一番好きな大野くんのこの目で見られる最後のチャンスだったのかもしれないけれど、後悔はしていません。

 

 

長い間、とはいえ私は20年のうちたった半分の10年しか応援できなかったけれど、昔から好きだった人間からすると、今回のライブはとても感慨深いものとなりました。

大人の色気がめちゃくちゃ出てきた相葉ちゃん。

昔よりも優しく笑うようになった松潤

余裕そうに見えてなんだかんだ一生懸命やってるニノ。

ダンスも歌も、やっぱりずっと綺麗でかっこいい、それでいて絶対に威張らない大野くん。

とうとう人前でピアノを弾くに至るほどのひたむきな努力ができる翔くん。

 

そんな皆の魅力が見られる最高のライブでした。

特に「果てない空」、「明日の記憶」〜「アオゾラペダル」。この部分は本当に涙が溢れて溢れてしょうがなかった。

大野くんのダンスも相変わらず上手くて、言葉を失った。何で活動休止しちゃうのかな、勿体無いなあって思ったけど笑

 

翔くんが言ってたけど、「5×20」の左の数字「5」が欠けることなくここまで続けてくれたのは、本当に幸せなことだなと思う。

周りが減ってしまったりしている中、ずっとずっと5人でいて、大野くんが休止するから嵐としても活動休止。

5人が好きなファンの1人としてはもちろんさみしいけど、とても嬉しかった。

 

 

 

 

嵐のことはきっとこれからも、私の中で特別な存在であることは変わりません。

大好きなアイドルです。

 

でも、青春時代のように人生の中心となるような推し方はもうしないと思います。

私は私のために生きます。

そしてその人生の中で少し嗜む、そんな大人の楽しみ方がしたいです。

 

 

嵐を好きになって良かった。

本当に楽しかった。

素直に心からそう思います。

 

 

ちなみにペンライトがとても握りづらかったです。某別グループや2014年の某ツアー時のようなトンチキペンライトではなかったけどね。笑

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活動再開は、ゆっくり待つこととします。

お疲れ様でした、そしてどうもありがとう。